HIROMI INAYOSHI ARTS 稲吉紘実の芸術

TAISYU SEGAWA

稲吉紘実の偉業、象徴芸術 神器

稲吉紘実先生はグラフィックデザイナーとして
名を馳せ、さらに、グラフィックデザインの最も核と
なるシンボルマークを芸術へと昇華させた、
唯一無二の芸術家です。そして、その芸術は、「象徴
芸術」として、新たな芸術の道を切り拓いた
のです。この稲吉先生の偉業に心からの敬意を
表さずにはおられません。

稲吉先生は、象徴芸術とは、対象の人物の
見たままを描くのではなく、見えない内面・心・魂を
描き創作する、内なる肖像芸術であると申して
おります。 それはこれまでの見たままの外面を描く
肖像絵画、肖像芸術の概念を根底から覆す
肖像芸術の進化形こそが象徴芸術であり、その何人
もなし得ることがなかった発想、創造こそが
真の芸術、芸術家であると私は確信しております。

稲吉先生に創作、献上頂いた、私の内なる
肖像芸術、象徴芸術は京都が誇る伝統工芸である
漆と玉蟲の羽で、「面」として精緻に施された
「神器」として、その研ぎ澄まされた美しさは筆舌に
尽くし難いものであり、それが私の内面・心・
魂の貌であるのか、と想像すると、この身が震える
思いであり、稲吉先生には心より感謝の念を
捧げたく存じます。

世界遺産 真言宗 御室派
総本山 仁和寺 第五十一世 門跡
瀬川大秀 大僧正猊下 殿

象徴芸術 神器

玉虫銀河宇宙黒漆蝋色面
附納箱

瀬川大秀 大僧正猊下の神器、象徴芸術は、

猊下のアイデンティティー、真我の貌を「面」として

象徴化している。それは、尊き、漆黒の

漆と玉虫の羽で、大宇宙の中に玉虫色に輝く銀河、

小宇宙を再現し、猊下の真髄=大宇宙の

調和そのものを「面」、現代の神器として創造

したのである。

美術家
稲吉紘実


私が門跡を務めます仁和寺は宇多天皇を開山
法皇とし、888(仁和4)年の創建より令和の時代まで、
弘法大師空海を宗祖とする真言宗の法灯を継承
する寺院です。当寺は時代の変化に対応しながら、開山
宇多法皇より脈々と継承されている「祈りの心 利他」
とともに今日まで活動を行っております。

宇多法皇以降、皇族が歴代門跡に就任することに
よって、日本史に於ける重要な人物や文化人と緊密な
関係を築き上げ、特に平安時代の頃には、鎮護
国家の道場としてだけでなく、当代の有名歌人が集い、
度々和歌会が開催されるなど、仁和寺文化と
言われるまでの一大文化サロンを形成するに至って
おりました。

江戸時代には、日本芸術の最高峰とも言える
琳派との絆も深く、その中心人物の陶工である野々村
仁清の仁は仁和寺の門跡により名付けられた
ものであります。このような背景をもつ寺院であれば
こそ、現代芸術の第一人者である稲吉先生に
創作、献上頂いた象徴芸術作品 神器「玉虫銀河宇宙
黒漆蝋色面 附納箱」が仁和寺に奉納され、
仁和寺の数々の国宝、美術作品と並ぶに至った
こと感慨に堪えません。

琳派の創始者である本阿弥光悦が「此後
とても昔の名作におとらぬ名人いくらも出申すべし」
という言葉を残しているように、稲吉先生には
今後のさらなるご活躍を祈念致し、日本文化・芸術の
発展に寄与頂き、さらには後進の育成にも
ご尽瘁くださることを念じて、賛辞とさせて頂きます。

世界遺産・総本山仁和寺
第五十一世門跡

瀬川大秀

TAKASHI SEKIGUCHI

漆の光に息づく本質

私は稲吉紘実教授の「神器」を写真に収め続けて
きました。漆の光沢をまとい、それぞれが異なる意図を
宿す作品は、まるで生きているかのように息づい
ています。その微細な表情や奥深い意図を、光と影の
中に映し取ることは決して容易ではありません。

稲吉教授の「象徴芸術」は、人間そのものを
芸術として再創造する試みです。一人ひとりの内なる
美しさ、尊さを形に変え、私たちが忘れがちな
「誰もが生まれながらにして作品である」という真実を
静かに、しかし力強く思い出させます。漆で輝く
神器は、単なる物質ではなく、人間の象徴として立体
的な命を得ます。内面が凝縮され、時間を超えて
不滅の輝きを放つその姿は、写真を通してもなお息を
するかのようです。

私はこの作品群を通して、人間が持つ本質的な
美と、その奥に潜む無限の可能性を写し続けています。
果てしない創造の旅路の中で、稲吉教授は日々
限界を押し広げ、比類なき「象徴芸術」を生み出し続け
ます。彼の作品を写真に収めることは、単なる
記録ではなく、人間という芸術の神秘と、世界の美しさ
を再発見する行為なのです。稲吉教授の「神器」の
軌跡を追い続けられることはフォトグラファーとしての
私にとって無上の幸せであり、教授の壮大な試みに
対し、ここに深甚なる敬意を表します。

フォトグラファー
Takashi Sekiguchi Photograhy

関口尚志

TAKAHIKO SATO

稲吉紘実の芸術が、漆を纏い永遠となる

総合芸術家 稲吉紘実教授から「構想している
アートワークを漆で具現化したい」とのオファーが
届いたのは、2018年頃だったかと思う。

知り合った当初より、稲吉教授の制作に対する
並はずれた集中力・信念は私にとっても大変な刺激と
なった。その制作過程に、"ひとが古代から連綿
と続けてきた「物を作る」という営為"の由縁に触れら
れる感触があるためだ。そういった点も踏まえ、
私からは伝統的な漆屋としての視点から今回の寄稿を
まとめることにしようと思う。

まず、いつもの制作の流れについて説明して
おきたい。制作は、稲吉教授から送られてくる"線"に
よる図面からはじまる。描かれたその"線"は
決して単純なものではなく、幾度も試行され練られた
痕跡として、明らかな洗練を経た緊張感を
湛えている。

そしてその蓄積の重み・豊かさが、一見して私へと
伝わってくる"線"なのだ。それら"線"による
平面のデザインから、話し合いの中で現実的な「物」と
しての立体感を互いに確認していく。(その立体化
していく過程については、幾度かの制作を重ねる中で、
徐々に任せられてきた感覚もあるだろうか。)
作品に宿らせるべき「らしさ」や「重心」、「焦点を合わせ
るべき箇所」が作品制作を重ねることでお互いに
共有できてきた実感があり、そしてそれらを具現化させ
ていく過程こそが漆屋の見せ場であると私自身も
強く思うようになった。

作品としての実現可能性とその形状を考えること、
漆や貝や蒔絵、時には玉虫や真珠といった素材が最も
美しく見せられる角度を想像すること。漆屋として
私は、作品の中で最大限に発揮される素材の美を追求
し続けなければならい。ある時は1000枚以上の
中から理想的な輝きの貝を選び、ある時は数千ほどの
真珠の中から色・形を吟味した9粒を見つけ
出す。稲吉教授の作品が生まれる過程は、まさにプロと
プロの仕事の集合体であり、工芸において重要な
精神性と通底するものを感じている。なぜならば、稲吉
教授の"線"によるクリエイションからはじまり、
漆等による具現化を経て、最後に箱書きの書家の手を
離れるまで、本当のプロフェッショナルたちによる
創造のバトンが続くからだ。

いつしか稲吉教授からのデザインが届くことが
楽しみになり、そして毎回新鮮な気持ちでその"線"が
発する魅力に驚き続けている。驚きながら、私は
貝の反射や漆の美しい曲線を想像する。まさに「誰も
いまだ明らかに見たことがない何か」が、生まれ
はじめる瞬間である。そしてまた同時に、稲吉教授の
感性が漆を纏うことで「永遠に残り続ける物(=
神器)」として実現されはじめる。この「感性が時代を
超えて象られていく」という事実にこそ作り手たち
は尊厳を見出し、そしてその「手を離れゆく尊さ」こそが、
「何かを作る」という行為の根源的な理由なので
はないだろうか。樹液である漆、生き物の一部である
貝殻や真珠といった、言葉よりも古い時代から
繋がる素材を用いて、その先端を稲吉教授の感性は
模索しているのだ。極限まで突き詰められていく
その仕事は、これからも先鋭化するに違いない。その
感嘆すべき姿勢にこそ私は賛辞を贈りたい。
そしてまた、これからも私は私の仕事でもって応答を
続けていく。

株式会社佐藤喜代松商店
代表取締役社長

佐藤貴彦

FUMIMA BANDO

次元を超越した、美の創造者

稲吉紘実教授をひとことで表すならば、いかなる
語がふさわしいのだろうか? 独創的、唯一無二、天才、
いずれの言葉も想起されるが、最も端的に言う
なら、「次元を超越している」と、言うべきであろう。

このサイト、稲吉紘実の芸術を見れば、その事は
明らかである。神器の荘厳な美しさは言うまでもなく、
デザイン、映像表現、そして、音楽に至るまで、
芸術として究極の高みへと到達し、かつ飽くなき探究
を続け、それらの発想そのものが、常人には到底
及び得ぬ領域に達している。

稲吉教授のデザインへのアプローチは、極めて
感覚的であると同時に、驚くほど論理的でもある。否、
感覚そのものが宇宙と自然の法則に則って
いる、ゆえに美しく、そして本質的で、人々の心を深く
揺さぶるのである。それゆえ、稲吉教授の作品は、
すべての人に感動と畏敬の念を呼び起こすのであろう。

私もまた、稲吉教授のこれまでに創作された
数多くのデザインと、芸術作品を見てきたが、それらは
ひとりの人間が一生涯に生み出し得る範疇を
はるかに超えるものであり、実に多岐にわたる。これ
ほどの驚嘆と深き感銘を与える芸術を常に
創出し得る芸術家は、他に存在しないと断言できる。

多くの芸術家はそれぞれに得意とする型を
有し、その「らしさ」が作品に表出するものだが、稲吉
教授にはそれが一切ない。共通しているのは、
ただ「美しく、品格があり、格調高い」という一点
のみである。これは、常に既存の枠を超え、
型を破り続ける不断の挑戦の証左にほかならない。

さらに稲吉教授は、デザイン、芸術活動に止まらず、
自らのデザイン、芸術を駆使した、社会貢献や
平和活動を世界中で展開するなど、他分野でかつて
存在しなかった新たな概念を創造し続け、今や、
自らを「芸術作品」へと昇華させているのある。そんな
稲吉教授は、私、坂東史麻にとって、世界にただ
ひとり、唯一無二の憧憬の対象であり、目指すべき
至高の存在である。

これまで私は、稲吉教授から実に多くのことを
学び、薫陶を受けてきた。デザインや芸術にとどまらず、
一人のデザイナー、芸術家として、そして人間
としての在り方、生き方に至るまで、さらにはジャズ、
映画、ファッションに関する示唆までも―。
何を身につけ、何を見、何を聞くか。そのすべてが人
となり、生き様となり、デザイン、芸術に映ずると。
これは稲吉教授の教えである。稲吉教授は、これからも
その人生、命をかけて挑戦を続けるであろう。
そして、未だこの世に存在しない、誰も見たことのない、
想像だにしない芸術を生み出すに違いない。

私は、心からその瞬間を待ち望んでいる。

グラフィックデザイナー
CIデザイナー
BANDO FUMIMA DESIGN

坂東史麻